「博物館資料を守る」のは誰の役目なのか? 

今年の夏に国立科学博物館が実施したクラウドファンディングは大きな話題を呼びました。

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科博の窮状を知った多くの人々から支援が集まり、最終的には9億円もの金額になりました。

ですが、このクラウドファンディングに疑問を持つ人も多くいました。なぜなら、このクラウドファンディングの目的は、国の施設である科博の「資料収集の経費や資料保存の維持費」を募るためのものだったからです。

このニュースを見て「博物館資料の保存にかかる経費を国が出さないなんておかしいのではないか?」と思ったので、博物館の社会的役割について、考えてみることにしました。

 

「資料の収集・保存」は博物館の役目ではないのか?

博物館といえば「古くて貴重な資料を保存する場所」というイメージを持つ人もいるかもしれませんが、実際のところ、日本の法律で「博物館が収集する資料の取り扱い」を規定する記述はあるのでしょうか。

そもそも、日本の博物館は「博物館法」という法律のもとに設置されています。ここでいう博物館施設の目的は、「社会教育法」と「文化芸術基本法」の精神に基づき、「資料の収集・保管をし、資料の研究と展示をして一般市民の利用に供する」というものになります。つまり「資料の収集、保存、研究、展示」の4つの活動が博物館事業の柱といえそうです。

 

ところが、「博物館法」第一章 第三条を見ると、ある疑問が浮かび上がってきます。まずは、実際の条文を見てみましょう。

(博物館の事業)
第三条 博物館は、前条第一項に規定する目的を達成するため、おおむね次に掲げる事業を行う。
 実物、標本、模写、模型、文献、図表、写真、フィルム、レコード等の博物館資料を豊富に収集し、保管し、及び展示すること。
 分館を設置し、又は博物館資料を当該博物館外で展示すること。
 博物館資料に係る電磁的記録を作成し、公開すること。
 一般公衆に対して、博物館資料の利用に関し必要な説明、助言、指導等を行い、又は研究室、実験室、工作室、図書室等を設置してこれを利用させること。
 博物館資料に関する専門的、技術的な調査研究を行うこと。
 博物館資料の保管及び展示等に関する技術的研究を行うこと。
 博物館資料に関する案内書、解説書、目録、図録、年報、調査研究の報告書等を作成し、及び頒布すること。
 博物館資料に関する講演会、講習会、映写会、研究会等を主催し、及びその開催を援助すること。
 当該博物館の所在地又はその周辺にある文化財保護法(昭和二十五年法律第二百十四号)の適用を受ける文化財について、解説書又は目録を作成する等一般公衆の当該文化財の利用の便を図ること。
 社会教育における学習の機会を利用して行つた学習の成果を活用して行う教育活動その他の活動の機会を提供し、及びその提供を奨励すること。
十一 学芸員その他の博物館の事業に従事する人材の養成及び研修を行うこと。
十二 学校、図書館、研究所、公民館等の教育、学術又は文化に関する諸施設と協力し、その活動を援助すること。

これをさらに簡単にしてみると…

  1. 資料の収集、保管、展示
  2. 分館や他の施設での資料展示
  3. 資料のデジタルデータの作成と公開
  4. 利用者に資料の解説をして、自習スペースを提供する
  5. 資料の研究
  6. 資料保存の研究、展示活動の研究
  7. 資料の解説書や展覧会図録、年報などの作成
  8. 資料に関する講演会やイベントの実施
  9. 地元の文化財*1の解説書を作成して、市民が文化財を鑑賞できるよう協力する
  10. 教育普及活動
  11. 学芸員などの人材育成
  12. 学校、図書館、研究所、公民館等への活動協力

このように解釈してみましたが、いかがでしょうか。

 

たしかに、「資料の収集、保管」は博物館の事業として規定されています。しかしながら、その資料を「どの程度の数を、どのように、いつまで保管するのか」という部分については規定がありません。

この法律の文面を見る限り、日本の博物館には「歴史的な資料を後世に伝えるために、資料を守りつづける」という明確な使命はない、というのが実際のところだと言えるでしょう。

 

近年の財務省文化庁等の政府機関の資料を調べると「博物館が自力で歳入を増やすこと」や「博物館を観光資源として活用すること」といった話題はよく見かけるのですが、「歴史的資料の保存をどうするか」という話題はまるで見当たりません。

それでも科博がこのようなクラウドファンディングを行ったのは、所属する研究者の方たちの「歴史的資料や研究成果を後世に残し伝えていきたい」という思いがあったからなのでしょう。

8億円突破の科博クラファン。大成功の裏で館長が語る、日本の課題「国家の意志の違い」 | Business Insider Japan」という記事で、科博の篠田謙一館長がこう述べています。

私個人は、国立科学博物館として二つの重要な機能があると考えています。

 

一つは科学と技術の一般向けの教育機関としての役割。もう一つは、研究機関としての役割です。研究機関としての最大のミッションは、研究すること以上に「物を集め、先へ(未来)伝えていく」ということ。それが科博の一番の眼目(重要なこと)なんだろうと考えています。

 

私は学生時代に学芸員資格課程を学んで以来、博物館こそが歴史的資料の保存を担う存在だと思っていたので、こうした心ある博物館や研究者が日本に存在することにホッとした気持ちがあります。そして、これを機に日本全国の博物館で収集された資料をみんなで保存していこうという機運が高まることを祈っています。

*1:文化財保護法」は、歴史上、学術上価値があると判断された文化財文部科学大臣が指定し、法律のもとに保護するというものです。これによって国などから保存・保護のための支援を受けることができますが、保存活動の主体は所有者・管理団体にあります。